2013年04月11日

最後の晩餐 ミラノにて



IMG  イタリアスケッチ.jpg

 
このスケッチはカプア付近で見かけたものです、上はパッツオ、下は家人。
同じベンチで画いています。

スケッチ デュオ_0012.jpg














最後の晩餐、ミラノにて


イタリアのウンブリア地方を回る旅も、とうとうあすはミラノ空港から成田に発つという、大詰めを迎えた。

その夜、それまで温存していた日本食を、食べつくすことにした。

 アルファー米1袋と、インスタントみそ汁があったので、鰹節削と醤油をぶっかけてホテルの部屋で豪快に?食べる事にした。


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posted by パッツオ at 11:46| Comment(0) | イタリアで出会った人々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月02日

イタリア紳士の実力


IMG  スケッチ ナポリ.jpg















上はパッツオ、下は家人によるスケッチ
スケッチ デュオ_0011.jpg















ナポリにて、船を待ちつつ、町を見下ろす要塞を望む
画き手が異なれば、絵は当然異なる






ナポリからアマルフィーに向かう途中、カプリに立ち寄った。


青の洞窟を見るか、ティベリウス帝の別荘を見るかで、専属通訳との間に一悶着あったが、塩野七生氏のガイドブックに従って、別荘跡の断崖にたたずみ、予定通り、古代ローマの孤独な皇帝に、思いを馳せた。


 

その後、素早く2000年の時をリセットしつつ、数百メートル下り、サレルノ方面に向かうため、カプリの船着き場で、船を待った。



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posted by パッツオ at 19:11| Comment(0) | イタリアで出会った人々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月18日

いざ レパントへ



ソナタ形式による、イタリア紀行



 



導入部


日本には宇佐市がある、メイドインUSAと書きたいがため、宇佐市があると思っている、アメリカ人がいると聞く。


 

しかし、アメリカ合衆国に行ってみようと思い、宇佐市(USA)に来てしまうことは、あるのだろうか?


 スケッチ イタリア 2_0002.jpg

レバントで見かけたディスプレー?
このセンス!

イタリアは 
この手のものが
そこかしこ










主題提示部


 石油産出国のバカ王子がハーレム生活に飽きて、ちょっと旅行したくなったとする。


お付きの者に、USAに行きたいと言ったら、ネットで検索して、宇佐がヒットすることはありうる。


事務官が旅行を手配して、日本の宇佐市に来てから、どうもアメリカ合衆国ではないんでないのー、と気が付くような状況が考えられるか?


いくらなんでも考えられないなー、

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posted by パッツオ at 10:18| Comment(0) | イタリアで出会った人々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月25日

メニューにラーメンがない!(料理研究会懐石料理)



これはトマさんの「ラーメンがあってよかった」というオリジナルです。



初めてローマで中華レストランに入った時、否応もなく思い知らされたのは、焼きそば、ワンタンはある、なのに、汁そば(ラーメン)がないことであった。


 その時パッツオの胸に湧き上がる思いは、材料があるのに、なぜ作らんのかー?驚きと、困惑、疑問、そしてやり場のない憤りであった。


だってラーメンが無性に喰いたくなって、チャイニーズレストランの赤提灯を見つけ、やったと思って駆け込んだのに、どーして?


今にして思えば、これが音立てなしの食文化、音出しありの食文化の違いだと気づく、和食と、洋食のパッツオによる、鋭い比較文化論が成立するきっかけとなった、始まりだった。

ラーメンをスープとともにずるずるすすり、スープの香りが口の中に広がる、まさにその時、コシコシした麺をかみ砕きつつ、飲み込む、その快感。
 

 

日本列島に生を受けしこと、ただ感謝!

(大陸ではレンゲを使ってスープは摂取する、半島も同じらしくお椀はテーブルから持ち上げない、
お椀から直接スープをすすってよいのは、日本ぐらいだ)

おっと、半島の冷麺はすすって食べるはずだし、中国料理の汁るそばは、すすっているんだろうが、焼きそば、じゃーじゃー麺などのまぶし麺などの、分野が充実している気がする。

ビーフン、ベトナムの麺料理も、汁は少ない気がする。(まぶし麺が主流の印象がある)

日本では、ほとんど和えそばといってもよいほど汁気の少ない、盛りそばでも当然豪快にすすって食べる。


そういえば、丼物は丼に口をつけて汁とともに、一気にすすりこむ料理形式といえなくはない。(ちょいと強引ですかね)

吉野家の牛丼のつゆだくは、その典型である。
おっと、更に、麦とろ、茶漬け、など豊富なジャンルが思い浮かぶ。
ここだけの話、味噌汁ぶっかけ飯も、ごちそうだと思う、(昔の飼い犬は、ごちそうを食べていたんですねー)

そこで、パッツオは、次のように鋭く仮説を提唱する

汁とともに飲み込む形式が、和食文化の特徴の一つである




続きでは、上記とは関係なく料理研究会、懐石料理体験のレシピが綴られています。


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posted by パッツオ at 10:03| Comment(0) | イタリアで出会った人々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月08日

人間は考える管である



 人間は考える管である
          (パッツオの箴言より)



(導入部)



フィレンツェからピサに向かう朝、サンタマリアノべッラ駅ちかくまで来た。


駅の連絡地下通路にトイレがあり入ろうとしたが、チップ代を惜しんで、駅まで我慢した(人間辛抱が大事というではないか!)



2006イタリア旅行その2 061.jpg
2005年暮れ
ルッカ
小さなお店の
ショーウインド
数字はチョコレートの包みで2005 2006 とあり 間に割れたグラスが挟まれている

グラスやボトルを、大晦日に割る習慣を意味していると,パッツオは理解した

この画像のサイズは小さくしていないので、画像をクリックすれば、細部を見ることができますよ。
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posted by パッツオ at 15:28| Comment(0) | イタリアで出会った人々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月22日

イタリア奇行



これでも更新


今日からパッツオブログは夏休みに入ります。

しかし絵ぐらいアップします


フィレンツェの専門店で、たくさんのハムを味見するため
1枚づつ注文している家人(1枚分が団扇ぐらいあって、10枚ぐらい買い込んだ)

 2006イタリア旅行その2 002.jpg















途中列車の中でパンにはさんで賞味したが、食べきれなかった。残りはホテルに持ち込んで、専用の冷蔵庫?に収めた(出窓にカーテンを引くと外気が低温だったので、充分冷蔵庫代わり使用できる。アルノ川に面した通りだったので、窓の外側にぶら下げるのは景観を尊重する日本人の矜持?がそれを許さなかった)

 2006イタリア旅行その2 003.jpg














これらがディナーになったが、このピサのホテルは、いつもの1つ星でなく、例外的に3つ星ホテルだった。
(Royal Victoria 1泊朝食付き 55,25 ユーロ)
その結果、ディナーより次の日の朝食のほうが圧倒的に豪華だった。

ユーチューブはこばなおさんの、のボーカルです。

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2013年09月03日

何も問題のないホテル


KLM機パーサーのスケッチ

動き回るパーサーをスケッチするのは、大変だった
時間だけは十分にあったが

スケッチ 2005  KLM_0001.jpg


















何も問題のないホテル

  

2005年のクリスマスはイタリアの小さな都市で迎える、計画だった。


そこで、ローマのホテルは、お馴染みのホテルピッコロではなくテルミニ駅近くに宿をとった。

ローマのテルミニ駅に着いたのは、21時ごろだった。

そこで、パッツオ一行が、そこに安置されている、クリスマスツリーに何をしたかは、以前掲載した画像の通りである(去年のクリスマス)

テルミニ駅で一仕事した後、たどり着いた建物は駅から、徒歩
5分の至近距離にあった。


「ここがホテルかー?それらしいところは何にもねーじゃん」とパッツオが言うと、「この建物がホテルじゃなくて、この
3階がホテルなのー」と家人はいう

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posted by パッツオ at 10:27| Comment(0) | イタリアで出会った人々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月19日

坂を上ってゆくと、そこはスポレートだった



長い坂を登ってゆくと、そこはスポレートだった


 2006イタリア旅行前半 013.jpg

塔の勾配はもっと緩かっただろうし、前面の列柱は明らかに、ルネサンス以後の増築、切妻上部のいぼいぼはどう見ても、ゴシック様式のにおいがする。
と独断で断定

このように、オリジナルに手を加えていった状態を、推定し、当初の姿を想像しながら眺めていると、時間はいくらあっても足りない。





スケッチを車内で3枚ほど仕上げたところで,列車はスポレート駅に着いた。


家人はすでに何度か訪れているので、旧市街地に向かって、歩き出すと、
すぐに教会の尖塔がすっくと立っているのが遠くに見えた。


 鋭いパッツオは、一目見て「こりゃーロマネスクじゃねーな」と思う、様式建築の専門的知識は何もないくせに、直感でそう思った。


 後世の付け足しにせよ、塔の先端が見えたので、目的地の方向が定まり、なんとなく安心したが、その一方、幾ら歩いても、中々塔に近づく気配がしない。


ベネチアのように目的地の近くまで来て、もうここらへんだと思っていると、忽然と姿を現すのも悪くないな等と、都合の良いことを考えながら、坂をごろごろ登る。
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posted by パッツオ at 13:59| Comment(0) | イタリアで出会った人々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月24日

清掃に精を出す人々 サンマルコ広場にて



サンマルコ広場の清掃風景

2007 イタリア旅行 071.jpg 














サンマルコ広場も、この時間、観光客は誰もいなくて、とてもすっきり見えた。
2007 イタリア旅行 072.jpg





 



 




まだ暗いうちから、シーツなどを運びだし、洗濯物を運び込んでいた。
ホテル前の大運河に見る、リネン交換専用船?

2007 イタリア旅行 062.jpg















きっとシーツなどは、陸地でクリーニングしているはずだ。

電気、ガス、給水はどうにでもなるが(橋の下部に配管が隠されていると見たが、石造だと結構厄介なので、配管を運河に転がしているかもしれない)、汚水、洗剤で汚れた大量の排水は、始末に困ると思う。



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posted by パッツオ at 15:50| Comment(0) | イタリアで出会った人々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月17日

まじかに見えたスペッロは遠かった



イタリア 地図.jpg
ツーリングクラブイタリアーノ発行の地図(日本語版)

さな町でも、ちゃんと掲載されているこの地図は、イタリアの街歩きには欠かせない。



訪れる予定のあるところをコピーして持参した、路地のふくらみや、ごく狭い路地など、細かな表現が、頼りになった。



日本でもこういう地図があると便利なのだが、変化が激しいので、難しいのだろー(イタリアでは、旧市街地はほとんど変化がないようだ





さて、覚悟を決めたパッツオは、バッグをごろごろ引きずりながら、丘の上の町を目指して、進む。



スポレートの再来で、再びエトルリア人を恨み、その他もろもろ、そして駅のコインロッカーの製造にかかわったイタ公を恨みつつ、坂を登る、



 家人の予定では、スペッロの駅で、荷物をコインロッカーに放り込んで、身軽になって、丘の上を目指すことになっていた。



 しかるに、駅のロッカーはすべて、壊れていたのだ。コインロッカーの設計者はイタリア人の民度を考慮して、設計したのだろーか?大きな疑問と、憤りを抱きつつ、坂を登ってゆく。



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posted by パッツオ at 19:06| Comment(0) | イタリアで出会った人々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする