2015年08月27日

パッツオの歌手デビュー



パッツオ堂々歌手デビュー
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パッツオは823日、ビーンズタイムごった煮セッションにおいて、ベースの弾き語りを決行「いつか自由にあなたに会える」を熱唱しました。



 出来栄えは当然、歌唱力なし、音程不確か、言葉不明瞭、ルックス以外は、どんなへたくそタレントでも、これほど酷くはないという不出来でした。



ところが、コンセプトは素晴らしく、歌詞の不明瞭さを、補うべく事前に、ブログ記事の抜粋を配っていたこともあり、守大助さんの叫びはパッツオを通して、聴衆の胸に届いたのです。

 聴衆のぱらぱら拍手も、予想外の感動の大きさで一瞬息を飲んだと考えれば、十分納得できるものです。



ホンダトリオ ブルースになっちゃいかんと、踏ん張っているところがスンバらしい

思えば、アンサンブル荒川でも、楽器紹介というコーナーで、荒城の月、G線上のアリア、等の曲を弾き語りしました、神愛教会のファミリーコンサートで、礼拝堂を埋め尽くす聴衆の前で、歌ったことはありましたが、前者は数分の出来事、後者は、歌いながら、楽器を弾き、かつ踊る、というほとんど隠し芸大会、の世界だったので、歌手デビューと言えるのは、今回が初めてということになります。



 従って、パッツオの公的な年表には 2015823日歌手デビュー と記録されます



さて、話は変わりますが、カザルスという伝説の名チェロ奏者が、国連本部の会議場で、カタルーニア民謡の鳥の歌を演奏して「故郷の鳥はこのように ピースピース と啼きます」と言ったそうです。

 パッツオはカザルスがスペイン内戦をまじかに目にし、ドイツの新兵器の実験場として、悲惨さを極めた、その故郷をおもい切実な思いを込め、しかもパッツオの理解では戦後も独裁政権は続いていましたから、その不条理に抗議しつつ演奏したと思っています。


しかし、カザルスの内面に、「俺は単なる音楽家ではなく、もっと高尚なことも考えていると、言いたい虚栄心が、100パーセント無かったとは 言い切れないとパッツオは、思ってしまうのです。(パッツオは虚栄心の塊なので、下司の勘繰りってやつでしょうけど)


 

ビーンズタイムの「いつか自由にあなたに会える」を歌うパッツオの動機に、その手の虚栄心があることは、もう間違いありません、

でも偽ベートーベンの佐村河内守氏
のように、ほとんどが虚栄心だったわけでもない、と言いたいのです。

ちょうどカザルスと、佐村河内氏の立ち位置のどこか中間に立っていることを、自覚しているところが、パッツオの凄みなのです。

立ち位置がどちらに近かったかは、誰にもわかりません。本人だってよくわかっていませんからね。

そもそも演奏家は、他人に聴いてもらって、喝采を博して、それを生活の糧にもしている、とても自分勝手な存在では、ないかと思います。

何でもいいからたくさんの人を前に、演奏したいという、利己的な胡散臭い感じが、演奏家には、どうしても付きまとうのです。(パッツオがいつもそのように考えているからと言って、演奏者のみながそうとは、限りませんけどねー)

 
でもその一方、人様に癒しを与える音楽家の中には、人間に備わった、利他行為嗜好本能(止むにやまれぬ、慈悲の心)に従い他人のために演奏し歌い続ける、音楽家も数は少ないけれど、いるように思えます。


 

以上 

ライブの余韻、収まりつつも、いまだ冷めざる パッツオ、ここで歌いし
締めの一句

パッツオは佐村河内か 
カザルスか
ライブの立ち位置
知るは神のみ


posted by パッツオ at 20:53| Comment(0) | スローミュージック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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